簡約
簡約とは、式が定義上等しいかどうかを判定てきるように式を 正規形 に近づけることです。例えば、(fun x => x) Nat.zero
が Nat.zero
と定義上等しいと判断するためにβ簡約を行い、id List.nil
が List.nil
と定義上等しいと判断するためにδ簡約を行う必要があります。
Lean のカーネルにおける簡約には2つの性質がありますが、この分野を扱う基本的な教科書では触れられない恐れがあります。まず、場合によっては簡約と推論が同時に行われることがあります。とりわけ、たとえ簡約によって自由変数が生成されなくとも、これは開いた項で簡約を実行する必要があるかもしれないことを意味しています。第二に、複数の引数に適用される const
式は(ι簡約のように)簡約を行う中でそれらの引数を一緒に考慮する必要がある場合があり、簡約開始時に一連の適用を一緒に展開する必要があります。
β簡約
β簡約は関数適用についての簡約です。具体的には、次の簡約です:
(fun x => x) a ~~> a
β簡約の実装は app
式の引数を集め、それらが適用される式がラムダ式であるかどうかをチェックし、適切な引数を関数本体の対応する束縛変数の出現に置換するために式を手入れしなければなりません:
betaReduce e:
betaReduceAux e.unfoldApps
betaReduceAux f args:
match f, args with
| lambda _ body, arg :: rest => betaReduceAux (inst body arg) rest
| _, _ => foldApps f args
β簡約のインスタンス化(置換)コンポーネントの重要なパフォーマンス最適化は、「generalized beta reduction」と呼ばれるもので、対応するラムダ式を持つ引数を集め、それらを一度に置換する方法です。この最適化は、適用された引数を持つ n
個の連続したラムダ式に対して、n
回の走査ではなく、適切な引数を代入するための1回の走査のみを実行することを意味します。
betaReduce e:
betaReduceAux e.unfoldApps []
betaReduceAux f remArgs argsToApply:
match f, remArgs with
| lambda _ body, arg :: rest => betaReduceAux body rest (arg :: argsToApply)
| _, _ => foldApps (inst f argsToApply) remArgs
ζ簡約(let
式の簡約)
ζ簡約は let
式の簡約を表す大仰な名前です。具体的には、次の簡約です:
let (x : T) := y; x + 1 ~~> (y : T) + 1
実装はシンプルであり、ほぼ次と同じです:
reduce Let _ val body:
instantiate body val
δ簡約(定義の展開)
δ簡約は定義(と定理)を展開することを指します。δ簡約は const ..
式について、その定義の多相宇宙パラメータを現在のコンテキストに関連した値で交換した後に、参照されている定義の値で置き換えることによって行われます。
現在の環境に定義 x
があり、その定義が宇宙パラメータ u*
と値 v
で宣言されている場合、式 Const(x, w*)
を val
で置き換えてδ簡約し、宇宙パラメータ u*
を w*
に置き換えます。
deltaReduce Const name levels:
if environment[name] == (d : Declar) && d.val == v then
substituteLevels (e := v) (ks := d.uparams) (vs := levels)
δ簡約された const
式に到達するために、適用された引数を簡約しなければならなかった場合、それらの引数は簡約された定義に再適用されなければなりません。
射影の簡約
proj
式は射影されるフィールドを表す自然数のインデックスと、構造体そのものを示す式を持ちます。構造体を構成する実際の式は、コンストラクタを参照する const
に適用される一連の引き数でなければなりません。
ここで心に留めてもらいたいこととして、完全にエラボレートされた項に対して、コンストラクタの引数は任意のパラメータを含むため、Prod
コンストラクタのインスタンスは例えば Prod.mk A B (a : A) (b : B)
となります。
射影されたフィールドを示す自然数は0始まりであり、0はコンストラクタの最初の 非パラメータ 引数です。というのも射影は構造体のパラメータのアクセスに使うことができないからです。
これを念頭に置けば、コンストラクタの引数を (constructor, [arg0, .., argN])
へと手直しすれば、射影の簡約は単純に i + num_params
の位置にある引数を取るだけであることが明白になるでしょう。ここで num_params
はその名前の通りのもので、その構造体型のパラメータの数を表します。
reduce proj fieldIdx structure:
let (constructorApp, args) := unfoldApps (whnf structure)
let num_params := environment[constructorApp].num_params
args[fieldIdx + numParams]
-- Following our `Prod` example, constructorApp will be `Const(Prod.mk, [u, v])`
-- args will be `[A, B, a, b]`
射影の特殊なケース:文字列リテラル
カーネルは文字列リテラルについて拡張を行っており、これによって射影の簡約で1つ、ι簡約で1つの特殊なケースが導入されます。
文字列リテラルに対する射影の簡約:なぜなら構造体の射影の式を簡約すると文字列リテラルになる可能性があるからです(Lean の String
型は List Char
のフィールドを1つ持つ構造体として定義されています)。
もしその構造体が StringLit (s)
に簡約される場合、これを String.mk (.. : List Char)
に変換し、いつものように射影の簡約が処理されます。
整数リテラルの簡約
整数リテラル用のカーネル拡張には加算・減算・乗算・指数・除算・剰余・真偽値の同値・真偽値の以下の二項演算に加えて Nat.succ
の簡約が含まれます。
簡約される式が Const(Nat.succ, []) n
で n
が整数リテラル n
に簡約できる場合、NatLit(n'+1)
に簡約されます。
もし式が Const(Nat.<binop>, []) x y
へと簡約され x
と y
がそれぞれ整数リテラル x'
と y'
に簡約される場合、適切な <binop>
のネイティブ版を x'
と y'
に適用し、結果の整数リテラルを返します。
例:
Const(Nat.succ, []) NatLit(100) ~> NatLit(100+1)
Const(Nat.add, []) NatLit(2) NatLit(3) ~> NatLit(2+3)
Const(Nat.add, []) (Const Nat.succ [], NatLit(10)) NatLit(3) ~> NatLit(11+3)
ι簡約(パターンマッチ)
ι簡約とは与えられた帰納的宣言に特有でかつそこから派生した簡約戦略を適用することです。これはまさに帰納的宣言の再帰子(または後で説明する Quot
の特別な場合)の適用です。
各再帰子は「再帰子ルール」を持っており、各コンストラクタごとに1つの再帰子ルールがあります。型として表示される再帰子とは対照的に、これらの再帰子ルールはコンストラクタ T.c
で作成された T
型の要素をどのように除去するかを示す値レベルの式です。例えば、Nat.rec
は Nat.zero
と Nat.succ
それぞれに対する再帰子ルールを持ちます。
帰納的宣言 T
に対して、T
の再帰子が要求する要素の1つは実際の (t : T)
であり、これは除去する対象です。この (t : T)
引数は「major premise」と呼ばれます。ι簡約は major premise を分解することで t
の構築にあたってどのコンストラクタが使われたかを確認し、対応する再帰子ルールを環境から取得して適用することでパターンマッチを行います。
再帰子の型シグネチャは必要なパラメータ・motive・minor premiseも要求するため、例えば Nat.succ
とは対照的に Nat.zero
に対して簡約を実行するために再帰子の引数を変更する必要はありません。
実際には major premise を作成するために使用されたコンストラクタを公開するための初期化的な手動操作が必要になることがあります。というのもこのコンストラクタがコンストラクタを直接適用したものとして見つからないことがあるからです。例えば、NatLit(n)
式は Nat.zero
か App Const(Nat.succ, []) ..
のいずれかに変換する必要があります。構造体では、構造体のη展開を行う場合もあります。要素 (t : T)
を T.mk t.1 .. t.N
に変換することで、mk
コンストラクタの適用が明らかになり、ι簡約を進めることができます(major premise を作成するために使用されたコンストラクタが分からない場合、簡約は失敗します)。
List.rec type
forall
{α : Type.{u}}
{motive : (List.{u} α) -> Sort.{u_1}},
(motive (List.nil.{u} α)) ->
(forall (head : α) (tail : List.{u} α), (motive tail) -> (motive (List.cons.{u} α head tail))) -> (forall (t : List.{u} α), motive t)
List.nil rec rule
fun
(α : Type.{u})
(motive : (List.{u} α) -> Sort.{u_1})
(nilCase : motive (List.nil.{u} α))
(consCase : forall (head : α) (tail : List.{u} α), (motive tail) -> (motive (List.cons.{u} α head tail))) =>
nil
List.cons rec rule
fun
(α : Type.{u})
(motive : (List.{u} α) -> Sort.{u_1})
(nilCase : motive (List.nil.{u} α))
(consCase : forall (head : α) (tail : List.{u} α), (motive tail) -> (motive (List.cons.{u} α head tail)))
(head : α)
(tail : List.{u} α) =>
consCase head tail (List.rec.{u_1, u} α motive nilCase consCase tail)
k-like 簡約
「subsingleton eliminator」として知られているいくつかの帰納型では、major premise のコンストラクタが直接公開されていなくても、その型が分かっている限りι簡約を進めることができます。これは例えば major premise が自由変数として現れるような場合です。これは k-like 簡約と呼ばれ、subsingleton eliminator のすべての要素が同一であるため許容されます。
subsingleton eliminator であるためには、帰納的宣言は帰納的な命題でなければならず、また相互帰納的対象や入れ子の帰納的対象であってはならず、コンストラクタはちょうど1つでなければならず、その唯一のコンストラクタは型のパラメータだけを引数として取らなければなりません(型シグネチャで完全に捕捉されていない情報を「隠す」ことはできません)。
例えば、Eq Char 'x'
型の要素の値はこの型のすべての要素は同一であるため、その型だけで完全に決定されます。
ι簡約によって subsingleton eliminator である major premise が見つかった場合、その major premise を型コンストラクタの適用に置換することが許容されます。なぜならその自由変数としてあり得るのがこの型コンストラクタだけだからです。例えば、Eq Char 'a'
型の自由変数である major premise は明示的に構成された Eq.refl Char 'a'
に置換することができます。
根本的な話として、もし k-like 簡約を探索して適用することを怠れば、subsingleton eliminator である自由変数は対応する再帰規則を特定できず、ι簡約は失敗し、成功すると期待されたある種の変換は成功しなくなるでしょう。
Quot
の簡約;Quot.ind
と Quot.lift
Quot
はカーネルでハンドルするべき2つの特殊なケースを導入します。1つは Quot.ind
で、もう一つは Quot.lift
の場合です。
Quot.ind
と Quot.lift
はどちらも関数 f
の引数 (a : α)
への適用に対応しており、ここで a
は Quot r
の構成要素であり、Quot.mk .. a
によって形成されます。
この簡約を実行するには、f
の要素である引数と、(a : α)
が見つかる Quot
要素である引数を取り出し、a
に関数 f
を適用する必要があります。最後に、Quot.ind
や Quot.lift
の呼び出しとは関係のない外部式の一部であった引数を再適用します。
これは簡約のステップにすぎないため、式全体が適切に型付けされていることを保証するために他の場所で行われる型チェックの段階に頼ります。
以下に Quot.ind
と Quot.mk
の型シグネチャを再作成し、テレスコープの要素を引数として見つけるべきものにマッピングしています。*
が付いている要素は簡約のために必要なものです。
Quotient primitive Quot.ind.{u} : ∀ {α : Sort u} {r : α → α → Prop}
{β : Quot r → Prop}, (∀ (a : α), β (Quot.mk r a)) → ∀ (q : Quot r), β q
0 |-> {α : Sort u}
1 |-> {r : α → α → Prop}
2 |-> {β : Quot r → Prop}
3* |-> (∀ (a : α), β (Quot.mk r a))
4* |-> (q : Quot r)
...
Quotient primitive Quot.lift.{u, v} : {α : Sort u} →
{r : α → α → Prop} → {β : Sort v} → (f : α → β) →
(∀ (a b : α), r a b → f a = f b) → Quot r → β
0 |-> {α : Sort u}
1 |-> {r : α → α → Prop}
2 |-> {β : Sort v}
3* |-> (f : α → β)
4 |-> (∀ (a b : α), r a b → f a = f b)
5* |-> Quot r
...